人となり
先日ある美術展に行ってきました。
僕は、あまりいいとは思えない美術展でしたので、作家さんのお名前は伏せておきますね。
どこがいいと思えなかったかというと、とても狙っている感じがしたというところです。
テーマを深く掘り下げることをせずに、「こうやっちゃえばいいんじゃないかな?」「こうしたら面白いよねぇー!」みたいなことを、ものすごく浅いところで、いい加減に制作しているように思えました。
おそらく、そのテーマなどで、傷つく人もいるだろうことは容易に想像できました。
僕はそれらの作品をみていて、あまりいい気持ちがしませんでした。
もちろん、ある深い思想にそって、傷つく人がいると思えても、毅然と表現をしていく。これは、芸術家にとって大切な表現の一つだと思います。
また、深いテーマを深刻に捉えさせないために、ユーモアをこめて表現する、または敢えて稚拙な表現手段で表現してみる。こういったことも芸術表現ではよく行われることだと思います。
しかし、僕にはどうしてもその表現はその両方には見えませんでした。
この国の、そして若い世代の悪い部分(もちろん、素晴らしい面もたくさんあります!)が露呈しているような作品に僕には見えてしまいました。
その作家さんは、現代アートでは海外でとても高く評価されている方です。
こういった作品が海外で評価され、露出されていくことに、同じ日本人として、僕はとても恥ずかしい気持ちになりました。
やはり、先日の話です。
原美術館で行われている「ヘンリー・ダーガー展」に行ってきました。
とても素晴らしい作品に触れ、とても豊かな気持ちになりました。
彼自身はきちんとした美術の教育を受けたわけではなかったようですし、幼少の体験などから、複雑な育ち方をして、とても孤独に育った人だったようです。
しかし、彼のひととなりや、優しさはその絵に表れ、子供達に対する彼なりの愛情や、子供の世界に見いだした自由な楽園に僕は大きなインスピレーションを感じました。
彼はとても変人だったようで、天涯孤独に過ごしたそうです。
一瞬、その話を聞いて僕は、素晴らしい仕事を残せたとしても、天涯孤独に生きた人生、彼は幸せだったのだろうか?もっと他に幸せな人生があったのではないだろうか?と考えてしまいました。
しかし、それは僕の立場から彼を見てしまった幸せの考え方であり、人は時として育つ環境や生きていく場所を選べないものです。
彼の人生において、創作し、楽園をつくり出して行く人生は、彼にとってこの上ない幸せであったのではないかと思いました。
彼の表現は時としてとても屈折していますが、幸せな色をしています。優しさや愛情にあふれています。
そして、ところどころに純粋な子供のような反抗や抵抗が見えます。
すばらしくアートだなぁ。
と初めて触れたヘンリー・ダーガーの作品の虜になりました。
作品は人となりですね。
その人がどのように生き、どのように人生と向き合っているかが全て表れてしまう。
いいものも、よくないものも、多くのものに触れることは勉強になりますね。
色々なものに触れて、いつも大きな心や、広い視野をもって表現したいなと思いました。